二流の愉しみ

美しく気品あふれるシルバーペルシャとの優雅には程遠い同居生活

2007年11月

念願の豆乳鍋

img20071208.jpgもう、師走。あとひと月頑張って、ゆっくりと正月を迎えたいものです。本日も休日出勤。。。相変わらず、料理も買物もする暇がなくまともなものを食べていなかったので、また妹の家にゆきご飯を食べさせてもらう「念願」シリーズ2回目は鍋。

大地宅配の豆乳が届いたそうで、豆乳鍋にしてもらいました。豆乳鍋には豚肉だよね、と言うのを忘れたけどちゃんと用意しておいてくれました。さすが。

そして、白子を持参。今が美味しい季節。

2歳の姪っ子はそんなに好き嫌いがなく、何でも食べちゃう。白子はどうかなと思ったら、「しらこ、たべたい」と要求。なんでも食べてみたいらしい。どうやら気に入ったようで、お代りまで。

先日の10年前の家出話は、妹にとっても大きな出来事だったので勿論覚えていたけれど、それを今でもワタシが思い返して感謝しているなんて意外だったそう。反対にワタシは少しは役に立っているのかなというと、意外なことで少しは役に立てているらしく。

妹は、病院ではなく助産院で子供を出産したのですが、当初は近くにある評判のよい病院で出産の予定でした。たまたまワタシが本屋で出産についての本を立ち読みしていた時に、よいお産をするには高度な医療技術だけではダメだということを知り、妹に助産所という選択肢もあるんだよという話をしたのがきっかけだったのですが、実はその病院での出産に不安がたくさんあった妹にとっては大事な出来事だったのだそう。

毎日たくさん歩くこと、体を冷さないこと、食事など、よいお産をするためのアドバイスをたくさんもらい、実践した妹は子供と対面するための準備を整えることができました。出産後は、その助産所で知り合った人たちとママサークルを作り、今まで知り合えなかったような人たちと交流を持ったりし、意外に世界が広がったのだそう。

話は思いっきりずれますが、産科医不足や妊婦の受け入れ拒否などのニュースが多いですけれども、選挙のたびに少子化対策を声高に叫ぶ政治家が多いのに一向に良くならないのは何故でしょう。いつも不思議に思います。個人的には助産師の育成に力を入れるのも1つの選択肢だろうと思います。

一度も検査を受けずに飛び込み出産する妊婦は、以前は不法滞在の外国人や10代の少女がほとんどだったそうですが、今はほとんどが日本人で30代の大人も多いのだそう。飛び込み出産をする人はの多くは出産費用を踏み倒し、子供を置いて逃げる「産み逃げ」もあるのだとか。。。

一番の問題は経済的なこと。検診費用は10万円以上になることもあるとか。妹も「保険がきかないので高い」なんて言っていましたが、日頃病院にかかるときは3割負担ですから、高く感じるのは当然なわけです。ですので、検診や出産の費用負担の軽減策が必要とする報道が多いのですがそれってどうでしょう。

だって、子供って産んで終わりじゃないんですよ。生まれてから成人するまで、子供を育てるのに必要な費用はそんなものじゃないわけで。だから、当事者の「子育てにはお金がかかるのだから、出産くらい無料にして」という声もあるのでしょうが。

でも、お金以上に子育てに必要なのは、親の愛情と覚悟と責任感。出産費用を工面することも含め数々のハードルを乗り越えることで、親となる自覚が芽生えてくるのではないでしょうか。全てお膳立てされて乗り越えるハードルも何もない状態のまま、果たして産まれたての赤子の世話が出来るのでしょうか。

・・・。と、独身時代はどちらかっつーと無責任な女(ゴメン)だった妹が、子を持ちしっかりと地に足を付けて母親としての責務を果たしている姿を横目で見ながら思ったのでした。

そしてさらに話は飛躍しますが。出産費用の踏み倒しをする女性に、勿論経済的に困っている人もいるでしょうが、中には高級バッグや高級腕時計をしていて見た目にはお金が無いようには思えない人もいるのだそう。給食費の踏み倒しと、根本的には同じことなのでしょう。

モラルの欠如と言われていますが、拝金・拝物主義に蝕まれた結果かと。人というのは、自分の手に入るモノ、例えば新しいプラズマテレビを買おうとか、ゲーム機だとか、デジカメやビデオカメラが欲しいときは、それが10万、20万しようと何とかやりくりして工面するものです。でも、1回1万円ほどの検査費用は消えてなくなってしまうものだから、なんだか割りに合わない気分になるのです。

給食費も同じこと。外車を所有して立派な家に住んでいても、手に入るモノではない、消えてしまう給食費には金なんて払えないのでしょう。ワタシが住む東京都におけるH18年度の保護者が負担した給食費は、1食当たり211円(小学校低学年)~283円(中学校)です。この程度の費用で、大事な我が子が栄養面に配慮された温かい給食を食べさせてもらえるなんて、非常に有難い制度だと思うのですが。モノしか目に入らず、目に入らないものには価値がないのでしょう。

待ち遠しかったアナタ

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上司1号が海外出張から帰ってきました。待ちわびていたのは、勿論上司1号の帰りではなく、こいつ。ミュージカル「エリザベート」のウィーン版DVD!

実はこのDVD、以前にウィーン劇場協会のサイトから注文してみたのです。今はPCも普及してインターネットでもって、海外のものを簡単に注文できちゃいます。昔、海外のものが欲しい時には「個人輸入なんちゃら」のマニュアルを片手にFAXしたもんです。便利なよのなかになりました。今は、ショッピングカートに入れて、クレジットカードで支払いすれば、簡単に買物ができちゃいます。個人輸入なんて言葉は死語になりましたね。

で、このDVDもそんな調子で注文してみたらば。支払い方法を選択するところが現れず、終了。??? 数日後、担当者からメールを頂戴しましたが、ドイツ語だから、わかんない。翻訳ソフトを使っても、やっぱりよく分からないので挫折。

日本国内でも販売しているところはあったものの、挫折した悔しさから買う気になれず諦めていたのですが。。。上司1号がドイツに行くと言うので、これ幸いと。

上司がちゃんと見られるか確認しろと言うので、さわりだけ見てみましたが後は正月の愉しみに取っておきます笑顔

豊洲にて

フォルクス/豊洲センタービル】img20071202.jpg
久しぶりに東京湾の10号埋立地へ行く。今は、有明ですね。。。同じく今はお台場とよぶ13号埋立地も昔は何もなくほんとにただの埋立地で、昼間はウィンドサーフィンをする人がちらほら、夜は近県から来る走り屋さんの集まる場所でした。こんなに明るく、ビルの立ち並ぶ場所になろうとは。なんて、おじさんみたいなことを言ってみたりして。 

埋立地での仕事が半日で終わるときは、汐留のアジャンタで昼食をとることに決めているのですが、いつの間にか閉店してしまったのだそう。残念。すっかり遅くなってしまったことだし、乗り換え駅の豊洲でなんか食べることに。

たくさんビルやお店が出来ていたけれど、懐かしいフォルクスに入りました。何年ぶりだろう。10年近く前、豊洲ではない近くの街に越してきて、当時はここら辺も何もなく、あるのはセブンイレブン1号店くらいなもんだったので、このフォルクスにはたまにお世話になりました。

窓から眺める風景は全く変わってしまっていて、きれいなバスターミナルとららぽーとがあり。以前は石川島播磨がだだっ広く。それにしても、どうしてIHIなんて略称を正式社名に変更しちゃったんだろう。石川島播磨って、伝統を感じさせる素敵な名前だと思うんだけど。

そんな激変した豊洲を眺めながら、越してきた当事に思いを馳せ・・・。進学や就職を機に親元を離れたわけでなく、事情があって家出のように親元を飛び出したので、「私たちどうなるのかなー、ちゃんとやっていけるのかなー」と漠然とした不安があったり、ちょっぴり惨めな気分にもなったものです、当初は。

しばらく経つと、この何も無い街での生活にも慣れ、妹とふたり自転車に乗って月島にもんじゃ焼きを食べに行ったり、晴海まで東京湾の華火を観にいったり。行きは、東京湾が夕陽でキラキラと光り眩しく、帰りは夜景がこれまたきれいで。

その後妹が結婚することになり、二人で暮らしたのはたったの2年間でしたが、大事な時間でした。

あの時、妹が「私がお金を出すから、一緒に家を出よう」と言ってくれたこと。今、ワタシが何とか自分の足で立っていられるのは、あの時があるから。思い返せば大事な節目でした。こうして湾岸地帯に来るとその時の妹の言葉を思い出し、感謝の気持ちでいっぱいになります。どんなにお洒落になっても、ワタシにとっては青臭い思い出とは切り離せないのです。。。

当時も勿論お礼は言ったし自分の分のお金は返したけれど、未だにワタシがそんなことを考えているとは、妹本人は夢にも思ってないでしょう。。。というか、覚えていなかったりして。やっぱり次に会った時にはちゃんとお礼を言わなくては、と当時と変わらないサラダバーで皿に盛り付けながら考えたのでした。

またもや欠席

今日こそはさっさと仕事を終えて行くはずが・・・。ままならぬは浮世の習い。なんて、大げさな。とは言っても、月に一度の愉しみなのです。悔しいので、演目だけでも書いておきましょう。

 第473回「落語研究会」
  「月並丁稚」 桂吉坊
  「堪忍袋」 柳家喬之助
  「宿屋の仇討」 立川志の輔
  「千早ふる」 入船亭扇辰
  「居残り佐平次」 柳家喜多八

吉坊も見たかったし、居残り佐平次も一度聴いてみたいと思っていたので、やっぱり残念。

デイヴィッド・グレイルザンマー@彩の国さいたま芸術劇場

img20071202.jpg
彩の国さいたま芸術劇場に、ピアノ・エトワール・シリーズの3回目を聴きに行ってきました。

今回は、イスラエル出身のデイヴィッド・グレイルザンマー。曲目変更があったものの、テーマは「人の声と舞踊(動き)」。プログラムの曲紹介も自身によるもので、力の入れようが伝わってきます。


若いのに自分の世界を持っていて、伝えたいものが明確になっているという印象を受けました。

プロフィールを見ると、イスラエルの兵役を終えてからジュリアード音楽院に留学、とあるのですね。イスラエルの兵役ってどのくらいなんだろう?と調べてみたら18歳から3年なのだそう。

・・・。兵役につくということは、勿論ピアノは弾けないのですよね。ということは、3年間ピアノに触っていなかったということですね(しつこい)。3日ピアノに触らなくても指が回らなくなるというのに、3年は・・・。

でも技術的にはマイナスであっても、その離れざるを得ない期間が彼の音楽を成長させたのかもしれないなあ・・・なんて思ったり。今後の活躍が愉しみです。



ラモー:《新クラヴサン組曲》より〈ガヴォットと6つの変奏〉
ケレン:ファンタジー、とはいえ2つのファンタストロフ
      (出演者委嘱作品[2007年]日本初演)
モーツァルト:幻想曲 ハ短調 KV475
プロコフィエフ:《バレエ「ロメオとジュリエット」からの10の小品》作品75より
        〈修道士ロレンツォ〉〈モンタギュー家とキャピュレット家〉
リゲティ:《ムジカ・リチェルカータ》より 6つの楽章
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第11番 イ長調 KV331(300i)「トルコ行進曲付き」
バッハ:半音階的幻想曲とフーガ BWV903
【アンコール曲】
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第2番 ヘ長調 KV280(189e)より 第2楽章 アダージョ
シューマン:《ダヴィッド同盟舞曲集》作品6より 第14番 優しく歌いながら
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